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ジャズ鑑賞の流儀 児山紀芳

 

1 ライブきっかけに

  今年は米国で史上初のジャズ・レコードが誕生してちょうど100年という節目にあたる。私に本コラムの依頼があったのもそれと無縁ではないだろう。ジャズというと、ややもすれば「難しい」というイメージで受け止められがちだが、近年は、様変わりの様相を呈している。 上原ひろみ(ピアノ)の人気の高さがそれを端的に物語っている。昨年11月から12月にかけての国内ツアーでは、5000人収容の東京国際フォーラムの大ホールが3日間にわたって満員になった。 海外の人気ミュージシャンが主に出演する東京都内の有名ジャズクラブに先般、チャールス・ロイド(サックス)が出演した時も。私が訪れた日は、客席が若い世代で埋め尽くされていた。いまやジャズは決して一部のマニアだけの音楽ではない。 じつは、かくいう私もジャズを聴き始めたきっかけはライブからだった。昭和20年代後半。ジョージ川口とビック・フォアを筆頭に人気グループが相次いで登場、空前のジャズ・ブームが巻き起こった。阪急西宮スタジアムでビッグ・フォアの野外公演に出向いたり、大阪・ミナミのジャズ喫茶、銀馬車で米留学が決まった秋吉敏子の渡米記念公園を聴いた記憶もある。 (読売新聞夕刊2017年2月28日)

 

2 情報源だったラジオ雑誌

私がジャズを聴き始めた1950年代は、今と違って。スマフォを使ってネットで曲やアーティストを検索して、瞬時に知識を得たり、配信とか動画サイトを通じてジャズに接したりといった愉しみ方は夢に描くことすらできなかった。 情報源といえば、ラジオ番組と月刊誌「ミュージック・ライフ」「スイングジャーナル」しかなかった。ラジオもNHKラジオ第2放送の「リズム・アワー」という番組が唯一無二の存在で、毎週欠かさず聴いた。ジャズが放送される日は、開始時間に間に合うように授業が終わるとまっしぐらに帰宅。ラジオの前に座って、放送を聴きながら演奏者の名前や曲名を克明にノートにメモした。チェット・ベイカー、ジェリー・マリガンといった、米ジャズ界に登場したばかりの新鋭の名前を演奏に接したのもこの放送からだった。ラジオと通じてジャズを聴くという方法は、お金がかからないので、学生の私にとってはかけがえのないものだった。 現在、私はNHK-FM放送で毎週「ジャズ・トゥナイト」という2時間番組を担当しているが、学生時代に体験したラジオ放送の有難さを常に心にとどめながらリスナーと向き合うように心がけている。(読売新聞夕刊2017年3月7日)

 

3 新譜聴ける喫茶店に通う

私のレコード蒐集癖は、雑誌の記事で火がついた。届いたばかりの雑誌のページをめくっていると、「ドラム・ブギー」で有名なジーン・クルーパーが1952年に来日、ビクターのスタジオで「証城寺の狸囃子」を録音した、というグアビア記事にぶつかった。「すぐに聴きたい!」という強い衝動で身体が熱くなるのをその時初めて味わった。すぐさま近所のレコード店に飛び込んだ。私の蒐集癖はここから始まった。 高校を卒業すると家庭の事情で就職することになり、大阪読売新聞社(現・読売新聞大阪本社)に入社、社会部付きの「坊や」(助手)になった。勤務時間を夜勤にしてもらい、日中はもっぱらジャズのレコードを聴かせてくれる喫茶店に入り浸った。 大阪・ミナミに「バードランド」という小さいが音響のいい店があり、通い詰めた。アートブレイキーやチコ・ハミルトンの輸入盤が飾ってあり、容易に手に入らない新譜が聴ける天国だった。その店で、いつも、熱心に聴いている一人の常連客がいた。後に世界的なグラフィック・デザイナーとなる田中一光さんだった。彼が上京して間もなく、日本の若手デザイナーの間ではモダン・ジャズが、“必須科目”となった。 (読売新聞夕刊2017年3月14日)

 

4 未知なる音との遭遇

「ジャズを愉しむ」といっても初めのうちは、誰の何から聴くか、すらも判らない。私の場合は、ラジオを聴いて気になったミュージシャンや雑誌で紹介されたレコードなどを片っ端から聴いていき、好きな演奏者やアルバムに出会った。雑誌のレコード評は参考になるが、好みが合い、信頼のおける評者を選ぶのがポイントだ。最初にまず1枚、興味のあるアーティストのアルバムを入手して、徹底的に聴き込む。私はソニー・ロリンズの「サキソフォン・コロッサス」ばかりを毎日聴いていた時期がある。ソロを一緒に歌えるようになれば、次に共演しているミュージシャン達のレコードを求めてレパートリーを増やしていく。「サキソフォン・コロッサス」で素晴らしいピアノを聴かせるトミー・フラナガン。フラナガンといえば代名詞的名盤「オーバー・シーズ」がある。 こいいう具合に誰かを起点に裾野を広げていけば、それまで体験したことのない未知なる音の世界にはまり込んでいく。かくいう私はすでに60年以上もジャズを聴き続けているが、いまでも心が打ち震える感動に襲われることがある。ジャズの神髄は、驚きの音との出会いにこそあるのだ。 (読売新聞夕刊2017年3月21日)

 

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